「洗心洞通信」電子版/講演会報告
今回は、その「電子版」として、『大塩研究』誌面掲載前の速報版をお送りします。
茨木市立文化財資料館で、当会会員で役員でもある、松本充弘氏の講演が開催されました。
令和8年度郷土史教室講座 第4回
2026年9月19日(土)午後2時~3時半
題目:「江戸時代の茨木市域と古河藩土井氏」
講師:松本充弘(神戸大学大学院人文学研究科特命助教)
主催:茨木市立文化財資料館
お話の内容は、
古河藩が村から借りた金をなかなか返してくれへん💢
でも年貢(税)は、ちゃんと取られちゃう。
天保9年なんて、「去年は【古今未曾有】の不作の年やったから、「年貢を『減免』したるわ」と、お金を借りてる相手に対して、なにげに上から目線😡
そのうえ、なんと、税金(年貢)を免除したるんやから・・・と、追加の資金調達(つまり借金)を要求される
…と、いったいどういうこと?!と思ってしまう、困りに困った村人たちの「どーしたらええんや???」・・・という艱難辛苦の物語。
もう、ほんと、聞けば聞くほど、読めば読むほど、腹立たしい話!! もう、大塩はん、なんとかしてぇな。
いやいや、その頃、大塩はんも大変な時期だった。不作だったという天保9年の前の年は、そう、「大塩の乱」の天保8年! そら、【古今未曾有】やわ!
以上、ざっくりまとめでした。ざっくり過ぎて、講師や主催の方々に怒られちゃうかも!?
松本さま、ごめんなさい。
講演では、上の事柄等々をたくさんの史料と図版資料をもとに、わかりやすく解説してくださったのに、私の筆力では的確に伝えることができません💦
史料の原文は、私のまとめのような雑(!)な言い方ではなく、「新たな(借金の)依頼をお受けすることにした」(←超意訳)などと、とても丁寧な言葉で村人の思いが綴られています。
それらの文言から、村の人々の心の奥底に沈んだ思いを拾い上げ、且つ丁寧に読み解いていく…という研究の深淵に触れることができました。私の心に深く残る講演でした。
◆古河藩について
さて、古河藩の文字を見て、ピンと来る方は「大塩」通。
下総古河藩主・土井利位は、大塩が乱を起こした時の大坂城代で、乱を鎮圧しました。その後、京都所司代へ栄転しています。
古河(こが)藩は、現在の茨城(いばらき)県に位置し、古河周辺以外にも現在の大阪府茨木(いばらき)市域をはじめ、摂津・河内・播磨・美作等々へ多くの所領(飛び地)を持っていました。
余談ですが、土井利位は、日本で初めて雪の結晶を顕微鏡で観察した人で、その成果を出版もしています。天保の中谷宇吉郎ですね。
その雪マニアの利位を支えたのが、右腕でもある家老の鷹見泉石。この人は、地図マニア。雪の結晶を見たくなる気持ちも、地図を傍に置いておきたくなる気持ちもよ~~くわかります。あ、脱線しすぎちゃうので、泉石さんのサインを紹介して、次に話を進めるといたしましょう。

◆古河藩・役知領へのお誘い
ここで、とってつけたように宣伝です😅
土井利位が大坂城代の任に就いていた天保6~9年(1835~38)の間、古河藩の役知領だった地の一つに門真三番村があります。
役知(やくち)領とは、城代などに在職している間に支給される知行のこと。「役職手当」みたいなもので追加で貰えるの? と思ったんだけど、そうではないらしい。城代をしている間だけ、元々持っていた領地と取り換えっこになるよう。
え? どういうこと!? 歴史の奥は深いです💧
そんなこんなで、3~4年間だけ古河藩の役知領だった門真三番村には、大塩の門人で乱にも参加した人物がいました。その人の結婚式には、大塩も贈り物をしています(←贈り物リストが残っている)。
さて、問題です。大塩は、誰に何を贈ったのでしょうか?
答えは、明日10月10日開催の「大塩事件研究会 10月例会 ミニフィールドワーク」でお確かめください。
フィールドワークには、会員内外、どなたでもご参加いただけます。申込みも不要です。当日、集合場所へお越しください。「救民」の旗が目印です。
詳しくは、こちらをご覧ください。たくさんのご参加をお待ちしています。
お礼:
この記事を書くにあたって、講演会の資料を大いに活用させていただくと共に、ご教示を頂戴しました。
が、本文中の「雑」な意訳は、本稿担当によるものです。それらの掲載をお赦しくださいました講師の松本様、主催の茨木市立文化財資料館の方々へ厚くお礼申し上げます。
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